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「最近、食事中にむせることが増えた」「飲み込みに時間がかかるようになった」——こうした変化を、ご家族や周囲の方に感じたことはありませんか?
嚥下(えんげ)とは「飲み込む」動作のことです。加齢に伴い、この飲み込む力は誰でも少しずつ衰えていきます。嚥下障害は「特別な病気の人だけがなるもの」ではなく、年齢を重ねれば誰にでも起こりうる身体の変化です。
しかし、この変化を放っておくと、誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)という命にかかわる病気につながることがあります。大切なのは、早い段階でサインに気づき、日常の食事を少し工夫することです。
本記事では、嚥下障害のメカニズムから初期サイン、家庭でできる食事の工夫や嚥下体操まで、今日から取り入れられるセルフケアの知識をわかりやすくお伝えします。
目次
- 嚥下障害とは——飲み込みの仕組みを知ろう
- 加齢による嚥下機能の低下はなぜ起こるのか
- 見逃さないで!嚥下障害の初期サイン
- 誤嚥性肺炎のリスクを知る
- 家庭でできる食事の工夫
- 嚥下体操と口腔ケアで飲み込む力を保つ
- こんなときは受診を——医療機関に相談する目安
- まとめ
- よくある質問
嚥下障害とは——飲み込みの仕組みを知ろう
私たちが食べ物を口に入れてから胃に届くまでには、いくつかのステップがあります。
- 口に入れてかむ(準備期・口腔期): 食べ物を歯で噛みくだき、舌で唾液と混ぜ合わせて、飲み込みやすいかたまり(食塊=しょくかい)にします。
- のどを通る(咽頭期): 舌の動きで食塊がのど(咽頭)に送り込まれます。このとき、気管の入り口にある「喉頭蓋(こうとうがい)」というフタが閉じて、食べ物が気管に入るのを防ぎます。
- 食道から胃へ(食道期): 食塊が食道の筋肉の波のような動き(蠕動運動=ぜんどううんどう)で胃に送り込まれます。
嚥下障害とは、この一連の流れのどこかがうまく働かなくなった状態を指します。食べ物がスムーズに飲み込めない、のどに残る感じがする、食べ物や飲み物が気管に入ってしまう(誤嚥)などの症状が現れます。
加齢による嚥下機能の低下はなぜ起こるのか
嚥下にかかわる筋肉や神経は、加齢とともに少しずつ変化します。主な原因は以下の通りです。
舌やのどの筋力の低下: 嚥下には舌やのど周辺の30以上の筋肉が協調して働いています。加齢に伴いこれらの筋力が低下すると、食塊をのどへ送り込む力や、のどから食道へ押し出す力が弱くなります。
喉頭の位置の変化: 年齢とともに喉頭(のどぼとけ)の位置が下がる傾向があります。喉頭が下がると喉頭蓋が気管のフタとして働くタイミングがずれやすくなり、誤嚥のリスクが高まります。
唾液の分泌量の減少: 唾液は食べ物を湿らせてまとめる「天然のとろみ剤」の役割を果たしています。加齢や服用している薬の影響で唾液が減ると、食べ物がまとまりにくく飲み込みにくくなります。
感覚の鈍化: のどの感覚が鈍くなることで、食べ物がのどに残っていても気づきにくくなったり、誤嚥してもむせる反応(咳反射)が起こりにくくなったりします。これを「不顕性誤嚥(ふけんせいごえん)」と呼び、本人も周囲も気づかないまま食べ物や唾液が気管に入ってしまう危険な状態です。
こうした変化は一つひとつは小さなものですが、複数が重なることで嚥下障害として表面化します。
見逃さないで!嚥下障害の初期サイン
嚥下障害は、ある日突然起こるわけではありません。初期の段階では以下のようなサインが少しずつ現れます。ご家族や周囲の方が気づいてあげることが大切です。
- 食事中にむせる回数が増えた: 特にお茶や汁物などサラサラした液体でむせやすくなります。
- 食事に時間がかかるようになった: 以前は20分程度で食べ終えていたのに、30〜40分以上かかるようになった場合は注意が必要です。
- 食後にガラガラ声になる: のどに食べ物が残り、声がかすれたり湿った音になるのは「咽頭残留」のサインです。
- 飲み込んだあとにのどに何か残っている感じがある: 何度も飲み込み直す動作が見られます。
- 食べ物の好みが変わった: 硬いものや繊維質の多いものを避けるようになった場合、飲み込みにくさを感じている可能性があります。
- 体重が減ってきた: 食べる量が減ることで、知らず知らずのうちに体重減少や栄養不足が進行します。
- 食事を楽しめなくなった: むせることへの不安から食事を負担に感じている様子が見られます。
- 微熱が続く: 原因不明の微熱が続く場合、不顕性誤嚥による軽い肺炎が繰り返されている可能性があります。
これらのサインが一つでも当てはまる場合は、早めに対策を始めることをおすすめします。
誤嚥性肺炎のリスクを知る
嚥下障害で最も注意すべき合併症が誤嚥性肺炎です。
誤嚥性肺炎は、食べ物や唾液が誤って気管に入り、そこに含まれる細菌が肺で炎症を起こす病気です。厚生労働省の統計によると、肺炎は日本人の死因の上位に位置しており、高齢者の肺炎の多くは誤嚥性肺炎が占めています。
特に怖いのが、先ほど触れた不顕性誤嚥です。むせない=誤嚥していない、ではありません。むせる反射が弱くなっている方は、誤嚥をしても咳が出ないため、本人も家族も気づかないまま肺炎を繰り返すことがあります。
誤嚥性肺炎は予防が最も大切であり、その鍵を握るのが「日常の食事の工夫」と「口腔ケア」です。
家庭でできる食事の工夫
嚥下機能に不安を感じ始めたら、毎日の食事を少し工夫するだけで誤嚥のリスクを大きく減らすことができます。
とろみをつける
サラサラした液体は、のどを一気に流れ落ちるため誤嚥しやすい食べ物の代表です。お茶やみそ汁、スープなどにはとろみをつけましょう。市販のとろみ調整食品(片栗粉やとろみ剤)を使うと、手軽にちょうどよい粘度に調整できます。
とろみの目安は「スプーンからゆっくり落ちる程度」です。つけすぎるとべたつきが増してかえって飲み込みにくくなるので、少量ずつ調整してください。
一口の量を小さくする
一度に大量の食べ物を口に入れると、飲み込みの処理が追いつかず誤嚥につながります。ティースプーン1杯程度を目安に、少量ずつ口に運びましょう。介助する場合も同様に、小さなスプーンで少量ずつ差し出すことが大切です。
食べやすい食形態を選ぶ
食べ物の硬さや形態を調整することも有効です。
- やわらかく調理する: 煮込み料理やあんかけは飲み込みやすい形態の代表です。
- まとまりやすい形にする: バラバラになりやすい食材(ひき肉、生野菜のみじん切りなど)は、つなぎを使ってまとめましょう。
- 口の中でまとまりにくい食品に注意する: パサつきやすいパン、のどに貼りつきやすい海苔やもち、水分と固形物が混在するもの(果肉入りジュースなど)は誤嚥しやすいので工夫が必要です。
食事の姿勢を整える
食事中の姿勢は嚥下機能に大きく影響します。
- 背もたれのある椅子に深く座る: 背筋をまっすぐ伸ばし、足が床にしっかりつく姿勢が理想的です。
- あごを軽く引く: あごが上がった状態では気管が開きやすくなり、誤嚥のリスクが高まります。少しあごを引くことで、のどの構造的に食べ物が食道に流れやすくなります。
- ベッド上の場合は30度以上ギャッジアップする: 完全に横になった状態での食事は避けましょう。
ゆっくり食べる・一口ごとに飲み込みを確認する
急いで食べると誤嚥のリスクが上がります。一口食べたらしっかり飲み込んでから次の一口へ進むことを意識しましょう。テレビを消す、会話は食べ物を口に入れていないときにするなど、食事に集中できる環境づくりも大切です。
食前に少量の水を飲む
食事の前にひと口の水(とろみつきでもOK)で口やのどを湿らせておくと、最初の飲み込みがスムーズになります。
嚥下体操と口腔ケアで飲み込む力を保つ
食前の嚥下体操
食事の前に5分程度の嚥下体操を行うと、飲み込みに関わる筋肉がほぐれ、食事がスムーズになります。以下の体操は、座ったままできる簡単なものです。
- 首の体操: ゆっくりと首を前後・左右に倒し、回す。首周りの筋肉をリラックスさせます。(各方向5秒ずつ)
- 肩の上げ下げ: 肩をすくめるように持ち上げ、ストンと落とす。肩や首の緊張をほぐします。(5回繰り返す)
- 頬の体操: 頬をふくらませたり、すぼめたりを繰り返す。口腔内の筋肉を動かします。(5回繰り返す)
- 舌の体操: 舌を前に出したり、左右の口角につけたり、上あごに押しつけたりする。舌の筋力維持に効果的です。(各動作5回)
- パタカラ体操: 「パパパ」「タタタ」「カカカ」「ラララ」と声を出す。これらの音はそれぞれ唇・舌先・舌奥・舌先の異なる動きを鍛え、嚥下に必要な口腔機能を総合的にトレーニングできます。(各音を5回ずつ)
- 深呼吸: 大きく息を吸い、ゆっくり吐く。誤嚥した際にしっかり咳ができるよう、呼吸筋を整えます。(3回繰り返す)
口腔ケアの重要性
口腔内を清潔に保つことは、誤嚥性肺炎の予防において食事の工夫と同等以上に重要です。
口の中には多数の細菌が存在しており、口腔ケアが不十分な状態で誤嚥が起こると、大量の細菌が気管に入り込み肺炎のリスクが大幅に高まります。日本歯科医学会の指針でも、口腔ケアは誤嚥性肺炎の発症率を有意に低下させるとされています。
- 毎食後の歯磨きを習慣にする: 入れ歯を使用している方は、入れ歯も毎日洗浄しましょう。
- 舌の清掃: 舌の表面に白っぽい汚れ(舌苔=ぜったい)がたまると細菌の温床になります。舌ブラシでやさしく掃除しましょう。
- 口の乾燥を防ぐ: こまめな水分補給や、口腔保湿剤の使用が有効です。
こんなときは受診を——医療機関に相談する目安
以下のような状態が見られたら、かかりつけ医や耳鼻咽喉科、リハビリテーション科への相談をおすすめします。
- むせる頻度が明らかに増え、食事のたびにむせる
- 食事中や食後に呼吸が苦しそうになる
- 原因不明の発熱が繰り返される
- 体重が1〜2か月で2〜3kg以上減少した
- 水分や食事の摂取量が明らかに減った
- 声のかすれやガラガラ声が常に見られる
医療機関では「嚥下内視鏡検査(VE)」や「嚥下造影検査(VF)」によって、飲み込みの状態を詳しく評価し、一人ひとりに合った食事形態やリハビリテーションの方針を立てることができます。早期の受診が、誤嚥性肺炎の予防につながります。
まとめ
嚥下障害は加齢に伴い誰にでも起こりうる変化です。しかし、早い段階でサインに気づき、日々の食事や口腔ケアを工夫することで、誤嚥性肺炎のリスクを大きく下げることができます。
大切なポイントをおさらいしましょう。
- 嚥下障害の初期サイン(むせの増加、食事時間の延長、体重減少など)を見逃さない
- 液体にはとろみをつけ、一口の量を小さくし、あごを引いた姿勢で食べる
- 食前の嚥下体操(パタカラ体操など)で飲み込む筋力を維持する
- 口腔ケアを徹底して、口の中の細菌を減らす
- 気になる症状があれば早めに医療機関を受診する
ご家族の「飲み込み」を日頃から気にかけてあげることが、健やかな食生活を長く続けるための第一歩です。
よくある質問
Q1. むせやすい飲み物にはどのようなものがありますか?
回答: 水やお茶、ジュース、みそ汁など、サラサラした液体が最もむせやすい飲み物です。液体は口の中でまとまりにくく、のどを流れるスピードが速いため、飲み込みのタイミングが合わないと気管に入りやすくなります。とろみ調整食品を使って粘度をつけることで、のどをゆっくり通過するようになり、誤嚥のリスクを減らせます。炭酸飲料も注意が必要で、泡の刺激でむせることがあります。
Q2. 嚥下体操はどのタイミングで行うのが効果的ですか?
回答: 最も効果的なのは食事の直前(5〜10分前)です。食前に行うことで、飲み込みに関わる筋肉や関節がほぐれ、唾液の分泌も促されて、食事がスムーズになります。余裕があれば、朝昼夕の3食前に行うのが理想的です。ただし体調が優れないときは無理をせず、できる範囲で続けることが大切です。継続することで効果が出てくるので、毎日の習慣として取り入れてみてください。
Q3. 家族がむせているのを見たとき、背中を叩いてもよいですか?
回答: むせているとき、つまり咳が出ているときは、体が自力で異物を排出しようとしている状態です。まずは前かがみの姿勢をとらせて、咳を続けてもらうのが基本です。背中を叩くことは、軽くであれば問題ありませんが、強く叩くと逆に食べ物を気管の奥に押し込んでしまう恐れがあります。むせが長く続く、顔色が悪くなる、呼吸が苦しそうな場合は、すぐに医療機関に連絡してください。
Q4. 嚥下障害は治りますか?
回答: 嚥下障害の原因や程度によって見通しは異なります。加齢による筋力低下が主な原因であれば、嚥下リハビリテーション(嚥下体操、舌の筋力トレーニングなど)によって機能を改善・維持できるケースは多くあります。脳卒中など病気が原因の場合も、早期からのリハビリテーションで回復が期待できます。大切なのは「年だから仕方ない」と諦めず、専門家に相談して適切な対応を始めることです。
Q5. とろみの濃さはどのように調整すればよいですか?
回答: 日本摂食嚥下リハビリテーション学会では、とろみの段階を「薄いとろみ」「中間のとろみ」「濃いとろみ」の3段階に分類しています。薄いとろみはスプーンから素早く流れ落ちる程度、中間のとろみはゆっくり流れ落ちる程度、濃いとろみはスプーンを傾けても落ちにくい程度です。適切な段階はお一人おひとりの嚥下機能によって異なりますので、むせが気になる場合はまず「薄いとろみ」から試し、改善しなければ医療機関で評価を受けて適切な段階を相談してください。
監修:Dr.T
参考文献:
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