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前回の記事「ぎっくり腰になったらどうする?」では、急に発症した腰痛に対して「安静にしすぎないこと」が大切だとお話ししました。
今回はもう一歩踏み込んで、「病院でレントゲンやMRIを撮ってもらったのに、『異常ありません』と言われて納得できない…」という方に読んでいただきたい内容です。
結論から言います。
世界のトップ医学誌 The Lancet の腰痛特集(2018年)では、
「腰痛のうち明らかな原因(骨折・がん・感染など)が特定できるのは全体のごく一部で、残りほぼすべては“非特異的腰痛(non-specific low back pain)”と呼ばれる、画像では原因を説明できない腰痛である」
と明記されています。
つまり──「画像で原因が見つからない=気のせい」ではなく、それが腰痛の“ふつう”なのです。
1. 世界中で腰痛は「障害を生み出す病気」のNo.1
The Lancet Rheumatology に掲載された最新の世界疾病負担研究(GBD 2021)によれば、
- 2020年に世界で約6億1,900万人が腰痛を抱えており、
- 2050年には8億4,300万人にまで増加すると推計されています。
- 腰痛は「障害を抱えて生きる年数(YLD)」を生み出す原因の世界第1位です。
日本でも、厚生労働省の国民生活基礎調査で「自覚症状のある病気」として男性の1位、女性の2位が腰痛です。
腰痛は風邪のように一過性で終わるものと思われがちですが、人生のQOLを最も削る疾患と言っても過言ではありません。
2. 腰痛の90%以上は「画像で原因を説明できない」
Lancetシリーズ第1論文(Hartvigsenら, 2018)は、はっきりとこう述べています。
“For nearly all people with low back pain, it is not possible to identify a specific nociceptive cause.”
(腰痛を訴えるほぼすべての人で、痛みを生み出す明確な原因を特定することはできない)
具体的に、明確な原因が特定できる腰痛は全体の1割未満。
残りの9割以上は、いわゆる「非特異的腰痛」です。
明確な原因が特定できる“特異的腰痛”(レッドフラッグ)
- 椎体骨折(高齢者の圧迫骨折など)
- 悪性腫瘍の脊椎転移
- 化膿性脊椎炎・硬膜外膿瘍
- 強直性脊椎炎などの炎症性疾患
- 馬尾症候群(排尿障害・会陰部のしびれを伴う重大な神経障害)
これらは「夜間も痛みで眠れない」「体重が急に減った」「発熱」「排尿・排便障害」「下肢のしびれや筋力低下が進行する」といった“レッドフラッグサイン”がある場合に疑います。
逆に言えば、こうしたサインがなければ、画像検査をルーチンで行う必要はないのが現在の世界標準です。
3. MRIで「ヘルニア」「狭窄症」と言われても安心していい理由
ここが一番お伝えしたいところです。
MRIを撮ると、多くの人に椎間板ヘルニア、椎間板変性、脊柱管狭窄、椎間関節症、骨棘などの“所見”が写ります。
しかし、重要な事実があります。
腰痛がまったくない健康な人のMRIを撮っても、同じような所見が高頻度に見つかる のです。
Brinjikjiら(2015, AJNR) や Lancet 2018レビューでまとめられた知見では、
- 30代の健康な人の約40%に椎間板膨隆
- 50代の健康な人の約60%に椎間板変性
- 60代の健康な人の約90%に椎間板変性
が観察されました。
つまり、「MRIでヘルニアが見つかった」ことと「そのヘルニアがあなたの腰痛の原因である」ことは、イコールではないのです。
Lancet Paper 2(Fosterら, 2018)も、
“Guidelines recommend that laboratory tests and imaging should not be routinely used as part of early management.”
(ガイドラインは、検査・画像を初期診療でルーチン的に使用しないことを推奨している)
と強調しています。
日本でも、発症4〜6週以内の単純な腰痛に対して、レッドフラッグサインがないならMRIを急ぐ必要はない、というのが現在の国際的コンセンサスです。
4. 「非特異的腰痛」を理解する鍵 ― 生物心理社会モデル
では、画像に写らない腰痛はどこから来るのか?
Lancetシリーズは一貫して、生物心理社会モデル(biopsychosocial model) を用いて腰痛を理解するよう勧めています。
腰痛の強さや慢性化のしやすさには、次の3つの層が相互に関わっています。
① 身体的要因(Bio)
- 筋力低下・柔軟性低下
- 肥満、喫煙、長時間の座位・重労働
- 加齢性の椎間板変性・関節症
② 心理的要因(Psycho)
- 「背骨がずれている」「すり減っている」といった破局的思考
- うつ・不安・不眠
- 痛みへの恐怖による活動回避(fear-avoidance)
③ 社会的要因(Social)
- 仕事のストレス、職場での裁量権の少なさ
- 家庭・経済的不安
- 社会的孤立
ポイントは、「動いたら壊れる」「背骨がダメになっている」と信じ込むこと自体が、痛みを長引かせる最大のリスク因子のひとつだということです。
実際、Lancet Paper 1は、
- 発症時の痛みが強い
- 精神的苦痛が強い
- 複数部位の痛みを伴う
この3条件を、慢性化の最大のリスクと位置づけています。
5. 整形外科医として伝えたい「正しい受診の順番」
ここまでを踏まえると、“正しい腰痛への向き合い方”は次のようになります。
- レッドフラッグサインがあれば、すぐに整形外科受診
(発熱、夜間痛、体重減少、排尿障害、下肢麻痺、がん既往など)
- それ以外なら、まずは動きを止めない
数日安静にするより、「いつもの生活を8割でこなす」方が回復が早いことが多くの研究で示されています。
- 4〜6週で軽快しない、日常生活が困難、しびれが強い場合に整形外科を受診し、必要に応じて画像検査へ
- MRIで所見があっても、「今のあなたの症状を説明するものかどうか」は医師と相談
ヘルニアや狭窄症の所見=手術、ではありません。
「早くMRIを撮ってほしい」より、「動きながら治していく指導をしてくれる医療機関」を選ぶほうが、結果的にQOLは大きく改善します。
6. 今日からできるセルフケア
非特異的腰痛に対しては、「教育+運動+セルフマネジメント」が第一選択です。
以下は、当ラボ編集部が患者さんにも勧めている実践しやすいアイテムです。
▶ 座りっぱなしの腰を守る
- 低反発オフィスチェア用クッション(ランバーサポート付き)
→ 長時間のデスクワークでの骨盤後傾を防ぎ、腰椎への負担を下げる。
- スタンディングデスク(昇降式)
→ 「1時間に1回立ち上がる」ルールを守りやすい。
▶ 動いて治すためのアイテム
- ヨガマット(厚さ10mm以上)
→ 自宅での体操・ストレッチの習慣化に必須。
- フォームローラー
→ 殿筋・大腿筋膜張筋のリリースで、腰背部の代償動作を減らす。
- トレーニングチューブ(軽〜中負荷)
→ 体幹トレーニング(デッドバグ、バードドッグ)の強度調整に。
▶ 眠りの質を上げる
- 高反発マットレス
→ 寝返りが打ちやすく、起床時の腰痛を減らす人が多い。
- 抱き枕
→ 側臥位で膝の間に挟むと腰椎のねじれが減り、入眠しやすい。
まとめ:画像よりも、“動ける自分”を取り戻す
- 腰痛の9割以上は、画像で原因を特定できない非特異的腰痛。
- MRIで「ヘルニア」「狭窄症」と言われても、それが痛みの原因とは限らない。
- 「背骨が壊れている」という思い込みこそ、最大のリスク。
- レッドフラッグがなければ、動きながら治すが世界標準。
次回は、「腰痛はむしろ動いて治す時代──Lancetが示した運動療法と最新エビデンス」をお届けします。
監修
Dr.T
参考文献
- Hartvigsen J, et al. What low back pain is and why we need to pay attention. Lancet 2018;391:2356–67.
- Foster NE, et al. Prevention and treatment of low back pain: evidence, challenges, and promising directions. Lancet 2018;391:2368–83.
- Buchbinder R, et al. Low back pain: a call for action. Lancet 2018;391:2384–88.
- GBD 2021 Low Back Pain Collaborators. Global, regional, and national burden of low back pain, 1990–2020, and projections to 2050. Lancet Rheumatol 2023;5:e316–e329.
- Brinjikji W, et al. Systematic literature review of imaging features of spinal degeneration in asymptomatic populations. AJNR 2015;36:811–6.



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